転んだと思った時、痛みを覚悟した。
 なのに抱きとめてくれたその腕が、どれだけ嬉しかったかわかる?
 だけど、次に感じたのは強いほどの香り。
 忍者はお香なんて焚かない。

 そんな香りがするなんて、移り香でしょ?
 誰の香り?
 姿も見えない誰かに嫉妬してしまう。
 

「先生のバカッッ!!!!」

 支えた俺にいきなり突き飛ばされ、唖然とする先生。
 当然だよな。
 でも、俺はそんな先生を置いて走り去ってしまった。




 はぁ……
 溜息を吐きながらぼんやりと学園内を歩く。
 すごい勢いで逃げてきてしまったけど、俺の足に先生が追いつけないわけがない。
 ってコトは追いかけてきてくれてないってコト。
 自分から逃げたくせに追いかけてきてくれることを望むなんて、我侭もいいところだ。

「絶対、先生に甘えすぎてるなぁ…」
 ここに来るまでは、先生に会うまでは、一人で生きるのが当然だと思っていたから。
 人に頼っちゃいけないと思っていたから。
 今よりもっと強かった気がする…。




「きり丸はもっと甘えてもイイと思うけどな」
 上からいきなり声が振ってきた。
 驚いて見上げると、そこには利吉さんがいた。

「やっ」
 そう言って降りてくる。


「土井先生だけじゃなく、私にももっと甘えてくれると嬉しいんだけどね」
 そう言って、いきなり抱きしめられた。
 また揶揄われてる…。
「あーもう!離してくださいよ」
 そう言って振り払おうとした時だった。

 この香り……

「ねぇ、利吉さん?」
 もしかして……。
 先生に移っていた香りと良く似ている。
「さっき土井先生と会いました?」
「わかったか?」
 利吉さんはにやにや笑っている。
 わかっていてやったんだな。
「俺、先生が浮気でもしたのかと思っておもいっきりバカって叫んじゃったよー…」
「あれ?土井先生と喧嘩でもしたのかな?」
 どうせ全部見ていたくせに……
「白々しい…」
 どういうわけかこの人は俺と先生の関係を知りながら、わざと邪魔するようなことをしてくる。
 本気なのかどうかわからないけど、俺のこと好きだと言ったりする。


 でもさ、よく考えたら先生だって忍者なわけで。
 わざと香りを移すような利吉さんの行為を避けれたはずだよな。
 なのに、ばっちり香りが移ってるってことは先生が悪いんじゃんか。
 隙を見せすぎだよ。
「人には無防備すぎるとか言っておいてさ…」
 自分の方がよっぽど無防備じゃないか。
 利吉さんはまだにやにやと笑っている。
「利吉さんにも責任をとってもらいますからね!」
「え?」
 俺の言葉にきょとんとしている利吉さんの首に俺は思いっきり飛びついてやった。
 いきなり飛びついてきた俺を利吉さんは戸惑いながらも抱き締めた。
「…この美味しい状況は何だろうね?」
 利吉さんの訝しげな視線を笑顔でかわし、俺はそのままきゅっと力を込める。
 父親に似ず整った顔をしているのだから、ちょっと口説けば落ちない女はいないと思うのに…と不思議に思う。
「どうしてでしょうね〜」
 間近で瞳を覗き込むと、利吉さんの顔が赤くなるのがわかった。
 利吉さんほどの優秀な忍者が顔色を出すなんて珍しい。
 擦り寄った俺に利吉さんも更にきつく抱き締め返してきた。
 


「きり丸!!!!」
 愛しい愛しい先生の声。
 学園内を探し回ってくれたんだろうか、少し息が切れている。
 それだけで許してあげたくなるけど、今回のお仕置きは利吉さんにもだから。
 それに俺にばっかり気をつけろだのなんだのとお説教しといてさ、当の本人が気をつけてないなんておかしい。

 先生は俺たちの姿を見て、固まった。

 そしてふるふると震え始めた。


「利吉くん!!あなたって人は何やってるんですか!!!」
 怒り大爆発ってヤツ?
 顔真っ赤にしてすごい勢いでこっちに近付いてくる。


 俺の行動に夢中になっていた利吉さんは先生が近付いていたのに気づいていなかったようで、驚いていた。
 利吉さんともあろう人が、先生の気配にも気づけないで、俺を追ってくるであろう先生の当然の出現も予想出来ていなかったなんて、本当に珍しい。

「違う人の匂いさせたままで近付いてこないでください!!」


 俺の言葉に固まる先生。
 どうせ、気づいてなかったんだろ?
 先生ってば鈍感だから。
 一生懸命自分の服をくんくんて嗅いでるよ。

 そして、漸く気づいたのか、再び固まる。

 だが、そこはやはり忍者なのか(どうかはしらないけど)
「これは利吉くんの匂いじゃないか!!!そんなのでどうこう言われたくない!!」


 そんなのって……


「あ〜、利吉さんの匂いがつくようなコトしたんだ!!!じゃあ俺も利吉さんとそういうコトする!!!!!」
 なぁんて子供の理屈。
 都合のイイように子供って武器を使ってやる。



 そして、利吉さんの鼻にちゅって口接けする。
 利吉さんが喜んだ顔したのがムカツクけど。
 これで、利吉さんは先生に危ない人扱いされること間違いなし。
「学園にはあまり来ない方がイイんじゃない?」
 利吉さんにだけ聞こえるように言う。
「はは…、君って子は……」
 これで先生との仲をしばらく邪魔されずにすむ。
 まぁ、しばらくだと思うけど。




「きり丸!!!!こっちに来なさい」
 静かな怒り。
 こういう時の先生が一番怖いんだよね〜。
 まぁ、そう仕向けたのは俺だけど。



「利吉さんのコト、嫌いじゃないよ。好きでもないけどね」
 だって、好きだって言ってくれる人のこと嫌えるわけがない。
 それだけ言うと、俺は先生の言葉に従う。
 利吉さんの手が離れるのを惜しむように、だけど潔く離れていく。

 
 黙って踵を返す先生に俺はそのままついていく。




「ホント、君って子は…。だから諦めきれないんだよ」



 利吉さんのそんな小さな呟きは、風に掻き消され、俺に届くことはなかった。





      終わり

















なんだこれ。みなさん様子がおかしい模様。。。カタカタ
土井先生に警戒される利吉さんが書きたかった。
もっと土井先生と利吉さんがバトっていると思っていた…。
きりちゃんはどこまでわかっているのかいないのか…うーん。謎。